長坂に当年独り曹を拒み
子龍これより英豪を顕せり
楽嘉城内鋒(ホコサキ)を争うところ
また見る文鴦の胆気高きを
蜀将最強の呼び声高い、趙雲子龍の当陽長坂における絶大な武勇譚に比せられるほどに、このときの文鴦は気高く、勇ましいのであった。
──と、そのときであった。
「やむを得ぬ──」
独語を洩らした征東将軍・胡遵は、すぐに麾下の弩弓手、数十名を前衛に配置させると、
「もはや射殺すよりほかにない!」
そう言って、いまにも斉射の号令を下そうとした。
そこへ、
「待て!その弓、待てぇー!」
わめきながら疾駆して来たのは、文欽を撃破して舞い戻ったトウ艾であった。
「胡遵殿!待たれい!……文鴦は、たしかに恐るべき剛勇を誇る猛者であるが、これを射殺したとあっては、我ら魏軍に人無しと侮られる!ここは、これだけの働きを成した文鴦を、快く行かせてやるのも、武人の情けというものではあるまいか?!」
トウ艾の言に、胡遵はじめ、他の諸将も、解にも、とうなずきあい、これを追わぬことにしたのであった。
文鴦の方も、敵方に追ってくる気配がさらにないので、ゆっくりと馬首をめぐらせて、一路、東へ駆けた。
「なんとも……、凄まじい男であるな、……文鴦とは」
朝日の中に溶けてゆく文鴦の姿を見送りながら、トウ艾は感嘆の声を洩らした。
と──。
どういうわけか、去ったはずの文鴦が、にわかに駆け来たって、再び石橋上に仁王立った。