これに対し魏勢では、文鴦が考慮を翻し、逃げるを潔しとせず、死を決め込んで突入してくるつもりか、と異様な緊張を走らせた。
 しかし、文鴦の成した行動は、意外なものであった。
「各々の中に、太常卿・夏侯玄殿の縁者知人はおられるか──?!」
かれは、突如、その問いを発したのである。
魏勢は、あまりに唐突なことで、何の反応もできない。
「いま一度おたずね致す!夏侯玄殿の類族はなきや?!」
 文鴦の再度の投げかけに応じて、ようやく、ひとり、精悍な顔立ちに雄偉の巨躯を誇る武者が、一歩出た。
「故・夏侯玄とは、それがしは懇意であったが──」
 名乗り出たのは、鎮南将軍・諸葛誕であった。
 文鴦は、その諸葛誕に対し、
「申して置く!夏侯玄殿が息女・華蓉殿は生きておると知られい!そして、その身柄は、この文鴦が庇護しておる!さらには、華蓉殿は、この文鴦の妻と相成っておると、そのように心得られい!」
 昂然と言い放った。
 文鴦にしてみれば、優越の極みであった。夏侯玄と懇意であるならば、諸葛誕は華蓉を知っていよう。あの美しい若姫が、このように醜いおのれの妻女となっていると知れば、諸葛誕は、ひどく悔しがるか、少なくとも驚愕するに相違ないのである。
 ところが、当の諸葛誕は、眉をひそめて、なにやら怪訝の面持ちのままに、反応がない。それどころか、
「それは、なにかの間違いではあるまいか──?」
 と、なんとも不愉快な答えを返すではないか。


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