文鴦を欠いた反乱軍は、その瓦解も早かった。
 文欽は、一路、寿春に逃れ、その地で部隊を再編し、強固な構えを築いて敵勢を待ち受けていた。
 すると、ただ一騎、城外に現れたのは尹大目であった。
 かれは、
「文欽殿!それがしは、決死の覚悟で司馬師の陣中を抜け出して参った!それがしは、司馬師中軍の機密を知っておる!陣容から輜重の蓄えまで、あらゆる内情をたずさえて参った!どうかそれがしを貴公の軍師として迎えられよ!必ず司馬師を仕留める妙計をさずけてみせる!」
 と、大音声に言い放った。
 しかし、それに対し、文欽の応えは、強弓から放たれた鉄矢であった。
 矢は、尹大目の眉間に見事突き立ち、かれはそのまま絶命して果てた。
「ふん!騙されるものか!貴様の密書を信じたばかりに、今日、このような惨状と相成ったのだ!わしは、ここで息子の帰りを待ち、最後まで戦い抜くぞ!」
 憤然と吼える文欽の前に、出現したのは息子の文鴦ではなく、トウ艾、胡遵、王基の統率する大軍であった。
 激しい死闘が展開されたが、文欽が勇んで突出した間隙を衝いて、遊撃として潜行していた諸葛誕の部隊が背後を強襲し、寿春はあっけなく陥落した。文欽は、身の回りの手兵をまとめて、呉国を頼って落ち延びるよりなかった……。
 一方、項城に立て篭もっていたカン丘倹は、本拠であった寿春が落ちたこと、股肱の文欽が敗走したことを知り、戦意を喪失した。
「呉か、あるいは蜀へ亡命するほかないわ!」
 色を失ったカン丘倹は、某夜、部下をことごとく捨てて、おのれと親類の者わずかを引き連れ、項城を落ちた。


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