「其方、名は?」
陛下は涙を拭うと、唐突に私に問い掛けた。
 「黄将軍からは、白と呼ばれております」
私がそう答えると、陛下は
 「では白よ、これを授ける」
と云って、おもむろに身に付けていた玉缺を外し、私の手を取って掌の上に乗せた。
 驚く私に向かって、陛下は続ける
 「この玉缺は、成都に居る朕の息子が持っておる缺と対になっているものだ。仮に、売ったならば食うには困らないであろう。其方はこれを持って公衡の許へ戻り、劉備の返事だと云ってこれを見せよ。その後この缺は其方の好きにすれば善い」
 私の心の驚きは鎮まる事はなかったが、それでも、それに何らかの意図がある事だけは感じる事が出来た。
 「そうすれば、陛下の御意志が黄将軍に伝わるのでしょうか?」
私は恐る恐る伺う。
 「そうだ。これを見せれば、公衡は行動を起こすであろう」
陛下はそう云いながら、竹簡を握る手にグッと力を込めた。
 「畏まりました。江北の陣に戻り、この玉缺を将軍にお見せ致します」
 「うむ。頼んだぞ」
 私の返事に満足そうに頷いた陛下は、近習を召すと私に剣を献上した事への褒美と称して、路銀を持たせてくれた。

 夕方になって、私は魚復を後にした。

 その後、日に夜を接いで江北の陣に戻ると、私は陛下に云われた通りに将軍に缺を見せて、魚復であったままを報告した。
 将軍は唯一、缺の行方について確認をされたが、私が陛下に好きにして善いと云われた旨を申し上げると、満足した様子であった。
 三日後、黄将軍の率いる江北の軍は北に向 かい、国家の仇敵とも云える敵国・魏に降参を申し出た。
 季節は八月となっていた。


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