「この都が…大変な事になってるの…」

 蘭のトレードマークである髪で結った頭上の二つの饅頭がどことなく悲しげに映っている。蘭は二人に分かりやすいように説明を始めた。宦官が殺害され、帝が都から逃げ出した事、涼州の野蛮な兵達が洛陽に入り、董卓という人間が政治の実権を握った事、各地で董卓を討つべく挙兵が続き、連合軍が結成され都へ近づいている事、朝廷が長安への遷都を決定し、今夜半洛陽における全ての物が焼き払われると宣言された事…。

 「…とにかく!うちもこのままでは無事でいられないから、全ての財産と持てるだけの荷を持って長安ではなく東に逃げようと父さん達が決めたみたいなの。だから戒も早く父さん達を手伝って!もう宮殿には火が点けられたって話よ」

 戒は泣きそうな顔になりながらもその言葉を聴くと、すぐに母の傍に行き、母の荷造りの手伝いを始めだした。蘭はそれを確認すると、心配そうに趙神に向き直り、彼がどうするのか?良かったらこの先も一緒に行動しないか?と聞こうとした。しかし、寸でのところで、それらの言葉は何一つ出なかった。それは見たこともない様な趙神の卑しい顔つきを見たからである。彼は笑っていた。否、笑っていた様に見えたが、彼が蘭の方ではなく、開け放たれた玄関の外を見ていたため、正確には顔を見ることは出来なかった。


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