「趙…さん?」

 趙神は蘭に呼ばれて、ようやく振り返り、いつものやさしい顔を見せて蘭に語りかけた。

 「蘭さん、東へ行かれると云う事は、東門から出て、エン州・徐州の方へ向かうと言うことですね。僕も必ず後を追いましょう。皆さんは一刻も早くここを出て下さい。」

 いつも気弱で頼りなさげな趙神の言葉が、今はやけに頼もしく聞こえ、蘭は不思議な感覚に包まれた。まるで目の前にいるのが自分の知っている趙神とは別の誰かの様な…。

 「趙さんはどこへ?」

 趙神は彼女の肩に手を置き、

 「探し物が見つかりそうな気がするんです。」

 と言うと、玄関を出て走り去った。

 蘭は趙神の最後の笑顔を見て確信した。あれは趙神ではない、否、趙神なのかもしれないが、彼の中に住む別の何者かの笑顔だと。


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