趙神はゆっくりと円に向かって歩き始めた。周りを見渡し、先程までとは確実に違うものを彼は捜していた。そして、賊の円に後二十歩の辺りまで来て、探し物に気が付いた。趙神はゆっくりと腰を降ろすと、足元に横たわる熟年女性の頚動脈に手を当て、鼓動が無いことを確認した。その向こうには最期まで彼女を助けようとしたのであろう、王里の死体が背中から体の真中に剣を突きつけられ、横たわっていた。趙神は静かに目を閉じ、何かを祈った。何に祈ったのか、趙神には分からなかった。もしかすると自分が神だと思うあの存在に向かってなのかも知れない。だがその神にはなるべく会って欲しくない─そんな矛盾も密かに感じていた。

 ゆっくりと立ち上がった趙神を、賊の一人が確認すると、回りに目配せして、徐々に賊の全員が趙神の方に目を向けた。彼らはゆっくりと各々の得物を手に円を解き、今度は近づいてくる若者を囲む様にして再び円を作り始めた。趙神自体もそれほど小さいわけではない。しかし、二十人の屈強な賊に囲まれると、彼は子供の様にも見えた。趙神は賊の誰とも目を合わせることもなく、ただそれまで円の中心にいた二人の姉弟を見つめていた。蘭は、上半身はほぼ裸にされ、ただ胸を隠すだけであった。いくつかのあざはあるが、しっかりと生気を宿した目はまだ女としての一線を越えさせられていない事を物語っていた。その隣にはただ立ちすくむ戒がいた。下を向き、必死に涙はこらえていたが、蘭が聞き覚えのある名前を呼んだ事にようやく我に返り、その方向を見た。


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