「ほう、この姉弟の知り合いか。おい!」

 そう言って賊の中の一人─一番太って脂ぎった男が、隣の男に声を掛けた。隣の男は何かを悟ったように振り返ると、返事をして後ろへ走り出し、嫌がる蘭一人の髪をわし掴みにし、また戻ってきた。ニヤニヤと笑う太った男は脂ぎった顔を歪め、趙神に語りかけた。

 「おい、若いの。まずは背中の武器を足元に置け」

 男はそう言って蘭の剥き出た肩に剣を付きたてた。微かに、真っ赤な血が、真っ白な肌を滑り落ち始めた。しかし蘭は動揺することなく、

 「趙さん、逃げて!あなたが適う相手じゃないわ!」

 と気丈に叫んだ。

 趙神はその言葉を聴くと、意を決した様に背中の剣をゆっくりと抜き、蘭に向かって話しかけた。それはまるで彼女以外の存在が全く目に入っていないかの様でもあった。

 「この世に生を受けて以来、人を殺める為に剣を振るった事は幾度となくあれど、人を助ける為に剣を振るうのは、今日が初めてです。蘭さん、あなたは強くてやさしい…その昔、私は大事な人にこう言われました。『優しさだけでは生きていけない。だが、優しくなければ生きていく資格はない』と…。あなたは生きる資格が十分にあります」


<<前項  表紙  >>次項