この言葉のさなか、賊が黙って聞いていたのは、何も趙神の言葉に感銘を受けたからではなく、さながら道士の様に、抜いた剣を青白く光らせた若者への警戒心であった。

 「手前ぇ!動くなって言ってるだろ!」

 一歩踏み出そうとした趙神に、我に返った男がさらに持った剣に力を込めようという姿勢を見せた。その時、趙神は何かに向かって叫んだ。

 「お前の『今』は今じゃないのか!」

 賊達にも無論蘭にも、その言葉に何の意味があるのか分からなかった。この場の人間の中で趙神のこの言葉の意味を知る人間は誰もいなかった。たった一人、彼を除いては…。

 「何だ?何から何まで気味が悪い奴だ。もういい。一人残さず、殺しちまえ!」

 太った男のその声に反応すべく、他の賊達も、趙神を囲む円を狭める様に、ゆっくりと前進していった。その時だった。円の一角で呻き声が聞こえた。蘭を掴んでいた賊の男は咄嗟に腰の辺りを押え、しゃがみ込んだ。良く見たら、腰に手戟が深く突き刺さっている。その場には涙を堪え、覚悟を決めた顔で佇む戒の姿があった。何が起こったのか気付くのに時間はかかったが、最初に事態を把握した蘭は自由になった体に鞭打ち、戒の手を掴んで、趙神の傍に走り寄った。


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