「何を申されます殿下!
殿下の仁政を世に広める絶好の機会を、ないがしろになさるおつもりですか!」

カイ良が烈火の勢いで吠えた。
だが劉表は全く調子を変えずに、緩やかに言葉を連ねる。

「臣の一人も守れずに、何が仁政だ。
それにわしはもう頒図を広げるつもりはない。
この機に孫一族へ恩を売り、停戦を申し出る。」

劉荊州の幕下に入りたいと思ったのは、全くの嘘ではなかった。
この御方なら、各地の英雄と和解し、本当に平和な世をもたらすのではないか。

そんな甘い期待をはなかくも寄せてしまう。

「聞いたか桓楷よ。
実は既に文台の棺を造らせてある。明日にでも交換を執り行おう。
わしの意志と共に、文台の息子へ伝えてやってくれ。」

「ハ!確かにこの桓伯緒、殿下のご意志と共に交換の執り行いの日取り、承りましてございます!」

深々と頭を下げるせいで、カイ良の阿修羅のような形相は見られなかった。

まだ緊張の糸が切れるのは早い。
それでも、広がる安心の泉は、とめどなく水を溢れさせるのであった。


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