第六章


もう、陣払いは済ませた。

暁が揚々と昇っていこうとするのに、その下では
にじり、にじりと互いの機を伺う兵らがいた。

一方には捕えられた男が。一方には大きな黒い棺桶が。

そのままじっと相手を見て間合いを縮めて行き、そして踏み込める距離になった瞬間、

バッ!

と互いが男と棺を手放す。
捕えられていた男、
黄祖が棺を持ってきた使者達と共に去っていくのを見届け、孫策を始めとする黄蓋、程普、韓当らは
ダッ!と棺の方へ駆け寄る。

「父上!」

呼んだって返事が来るわけが無い。
それでも口を突いて出てきたのは、まだ孫策が孫堅の死を実感できなかったせいだ。

棺の周りを、ぐるりと四人が取り囲む。

「若!ご自分の父上の最後です!
殿の遺体を…若の手であらためなされ!」

黄蓋が言うと、程普、韓当も頷いた。

尻込みはしない。
孫策もぐっと首を縦に振ると、ゆっくり、腕を棺桶の縁に伸ばす。

その一挙一動をも見逃さんと、三人の熱視線が注がれた。

かすかに震える孫策の指。なかなか棺の蓋を握ることが出来ず、汗で滑って手を離してしまった。

「女々しいですぞ若!
しっかり開いて殿の姿を確かめるのです!」

黄蓋が叱咤する。


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